こぐらす日記

ここは思いついたことをただ呟くところで話バラバラ気分次第

「いそしぎ」はアストラッド・ジルベルト

夕べ、FMこころの「RADIO SHANGRIーLA」でバーバラ・ストライサンドの「いそしぎ」が掛かった。これはほんとに素晴らしい、と、DJのおふたりは語りあっていて、私もバーバラの歌は大好きで、その素晴らしさに異論はないのだけれど、でも、「いそしぎ」は、どうしても、アストラッドなんだワ。

 

たぶん、半世紀以上前のことでやや記憶がおぼろになってきたけれども、たぶんこれ、私がはじめて買った洋楽だった。だから(注・EPレコード)

 

なんでだったのかはわからないけれど、なんだか、とっても惹かれてしまったらしい。でもそのときにアストラッドへの関心が広がってボサノバ等を聴くようになる、ということはなくて、それからずっと忘れていた。

 

イパネマの娘」はスタンダードなのでよくラジオでもかかっていたけれど、それと「いそしぎ」の彼女とが同じ人とは知らなかったのではないか。覚えていないけれど。

ボサノバを聴くようになったのは、ずっと後に、まずアルゼンチンフォルクローレやタンゴが好きになって、そういう系統のディスクを探していると自然と南米音楽全般の音楽にも出会うようになり、そちらの方向からだった。

 

いそしぎ(SHM-CD)

 

 

 

 

 

 

 

 

超ロングヘヤー

一年前から介護通い中の実家に先日やっとWifi入れて、FMV持ってきたので、これからはブログ更新できるのじゃないかと思っている。やっぱり、タブレットスマホでは書くのしんどい。小さいし。

 

ツイッター依存はやめてブログに帰ろう!と決めながら、えらく月日が経っており、その間に書いたことの中でいつばんうけていたのは、髪を切らない話。美容院に行かないでいると、切らないのか切らないのかと世間がうるさいという話。

 

あれ、いつ書いたっけ?半年以上は前だろう。で、その後、いまだに髪延ばしっぱなしで、かなりすごくなってきている。腰より下に向かいつつある。と、ここまできてわかったのは、ここまでくると、もうだれもなにも言わないということ。「さわらぬかみにたたりなし」っていう感じなのか。超ロング白髪三つ編みの婆さんやろうかなあと思ってるところ。

 

 

FMVに疲労

春ごろに新しいノートパソコンを買ったが、何言ってるのかよくわからん指示ページの相手をしていたら疲れて、もうええわとなってしまって、ずっと前のを使っている。前のは5年くらい前に買ったASUSで、つけたらほぼ勝手にその前のパソコンの中身を引きついで動いてくれたのだったので、今度もそんなもんかと思っていたら全然ちがい、いまだに情報移せない。

 

30年くらい前にはじめて使ったパソコンは富士通で、そのころは、こういう日本のメーカーのがわかんない人にはいちばんラクという感じだった。で、今回それを思い出して、それが楽かな~と考えて久々FMVしにてみたのだったが、ぜーんぜん使いにくくてびっくりだ。

 

なんだこれ?

ああ、昔と違っていろいろ高性能ゆえ?

設定していただく料金払えば使いやすくなるんだろうから、それ前提?

相談しなくっても自分でテキトーに使える範囲の性能でよかったので、

ちょっと失敗だ。

まあ、ぼちぼちと、自分に合った単純なデバイスに育てていこうかなとは思う。

 

9.11

9.11 もう20何年も前なのか。あっという間に20何年過ぎるんだな人生後半では。参ったな。これから20何年ももっとあっという間というか、まだ生存してるかどうかわからないけれど、してたら自分100歳周辺だな。困ったな。

 

あの日は、NHKつけたら、ニュースキャスターの後ろにビルが燃えている映像があって、キャスターが、よくわかんなさそうに、ビルに飛行機がぶつかったらしいですとか言っていたと思ったら、もう一個の隣のビルに飛行機がぶつかって、??あ、これリアルタイムじゃないわけ?とかとにかくわけがわからなかったが、だんだんとようするにふたつのビルに立て続けに飛行機がぶつかったということらしいとわかると、ああ、それはもう事故じゃなくてテロなんだ、とやっと判断した。それからもう多発テロ様相となり、これ世界どうなんの?という感じだったな。四半世紀前ながらよく「覚えているな、さすがに。

 

その後、世界はどんどん悪くなっていく一方。

 

 

 

 

神宮外苑の件

坂本龍一の意を受け継いで、神宮外苑の破壊政策に疑義を唱える有名人たちがあり、それはいいんだけれど、坂本龍一は、原発政策への批判もしていたが、そちらのほうは別に誰も引き継がない模様で、それは、ああ、原発はあれはしょうがないでしょ? ということの彼らの表現なのだろうなと感じている。

 

 

100歳介護の現状

101歳を自宅介護してて、訪問リハビリとか訪問医療とか看護とか来てもらっていて、なんかわからなかったら相談したらよいだろうと、当初思っていたが、はっきり言って、誰もそれほど頼りにならないのだった。だって、誰も、あまり見たことないわけでしょ、100歳超えてる人って。体験ないわけで、みなさん。 ネットもね、役立たない。100歳超えなんかどうしたらいいかわからんのね現状。あんまり数いなかったんだから、当然、情報ない。

そういうわけなんで、ますます、別にわたしよりなんかわかるわけじゃない人らがやってるどっかにあずけちゃうというのは考えられないんで、だんだんと1日寝てばかりになってく101歳を前に、戸惑っているばかり。 

100歳の元気な人の本とかあるけど、知的な方が100歳になってる話で、ほんとにくだらない昔話を死ぬほど繰り返してるばかりの者とは違いすぎて、かえって疲れてしまうよ、ああいうの読むと。本人もね、こらちょっととくべつな人やわってことで興味持たないだけでなく、たぶん疲れた。

あとそれと、明るく介護の日々を描いてるブログだとか、あれも自分が介護に関係なければ笑ってられるだろうけどね。ちょっとね。ああ、そういえば、日常のちょっとしたボケ噺を愚痴ですると、人は面白いこと言ってると思って笑うんだけど、いや、面白くないんよ、疲れて困ってるんよ。ほんと、参るわ。