なかなか復帰できないもんだ
なんかこう 書いたりはしているんだけれど
あまりブログというものをみていなかったりして
そもそも
まあ がんばってみよう
なかなか復帰できないもんだ
なんかこう 書いたりはしているんだけれど
あまりブログというものをみていなかったりして
そもそも
まあ がんばってみよう
テレビ たぶんNHK
70年代の映像を映す番組をみた
70年代の曲を流しながら 70年代のはじめからおわりを あっちこっちいったりきたりで流していた 70年代のはじめとおわりはずいぶん違う世界だ いま遠くから眺めたら 全体をひとつのイメージではくくれないことが感じられた だから 曲と時代がちぐはぐな 年代はじめの映像に年代末=ほぼ80年代ぽくなった時代の曲をあわせると かなりの違和感だ ジュディオング「魅せられて」で年代初頭の60年代出たとこファッションを見せられると それちがうやろと感じる そう思うのは じぶんが70年代にいやでも活動的にはなる若い時を送ったので 自然と70年代には詳しいからかもしれない それに比べて80年代というのはノッペラボーでなんだっけ?いつからいつだっけ?という気がするのは じぶんがなにも動かずうごめいていたのだったからかもしれないな しかし
といってるような本も
出版されていたりするので そんなことを思っているのは やはり 私だけというわけではなさそう
バブルの時代だというのはわかっているんだけれど 昭和終焉の時というのもわかっているんだけれど
100歳から
2年半自宅通い介護 →
1年ほど 介護施設 →
脳梗塞で病院搬送 →
よくある後遺症状で飲食不可に →
管で栄養補給という延命措置あるもこの人には困難 →
言葉もしゃべれないが、何か言おうとしているし、点滴管もおむつもはずそうとする強い力と意思。こんなに力も生命意識もあるのに、食べられなくなったから、それだけで、あきらめ、みまもりに向かっていくしかないとは。と、いまこういう状態に直面して病院通いとなっている。
最期の最期って、こういう、あきらめきれない思いを抱かせるケースがあるとは知らなかった。もうすっかり力がなくて寝たきりで辛そうな相手ならば、これはもう楽にさせてあげるしかないとも思えそうだが、こんなに回復感ある状態なのに食べられないからもうパスでしょうって。それはないでしょ。
おもいきれない。
何年も前に自宅介護グチを述べたりしていて、それ、自宅ではなくなってその後、介護施設、そして現在は入院という状況で、頑張って生きていてくれることはよいのだが、なかなかこちらは自分の生活、感情、あたま、等 取り戻しきれない。けれども、あの自宅介護の二年半に比べれば、ずっとずっと余裕になったのだから、ここらで積極的に自分復帰を図ろう。ということで、やや無謀ながら、proにしてみた。10個もブログ作れるんだ!
いろいろなことできるけれど、そこはぼちぼちと。そして、この「こぐらす日記」は、ふと思いつきをやってるこのままの部屋でいきたい。
数年ぶりでブログ再開 とりあえず 書く訓練の
その日暮らし雑談ばかりで
*
数年前に、美容院にいかないで髪を超伸ばしまくっているということを書いたが、
その後、いまでは自分で切るようになっている。
さすがに長くて髪がもつれるのに困ったので。
やってみたらできるもんだ。ショートカットは無理だろうが、超ロングからセミロングなら、ほぼなんとかなる。これでいい。たぶん、もう美容院に行くことはないだろう。
しかし私もかつては美容院に行っていたのだから、美容院の存在を否定なんかしない。そんなこんなで、思い出した。
アルバイトで一緒だった元美容師の友人に何度かパーマしてもらったりカットしてもらったりしていた若い時期があった。そもそも「美容院代は浮かせれば浮かせるのがいい」という志向だったのかもしれない。
彼女と友人だった時はそう長くはなかったのだけれど、彼女が井上陽水ファンだったのはよく覚えている。髪を世話してもらっているときに部屋で陽水を流していたのか、そうではなくて、そういう話題だっただけなのかは忘れた。流していたのかもしれないし、そんな気がするだけなのかもしれない。
夕べ、FMこころの「RADIO SHANGRIーLA」でバーバラ・ストライサンドの「いそしぎ」が掛かった。これはほんとに素晴らしい、と、DJのおふたりは語りあっていて、私もバーバラの歌は大好きで、その素晴らしさに異論はないのだけれど、でも、「いそしぎ」は、どうしても、アストラッドなんだワ。
たぶん、半世紀以上前のことでやや記憶がおぼろになってきたけれども、たぶんこれ、私がはじめて買った洋楽だった。だから(注・EPレコード)
なんでだったのかはわからないけれど、なんだか、とっても惹かれてしまったらしい。でもそのときにアストラッドへの関心が広がってボサノバ等を聴くようになる、ということはなくて、それからずっと忘れていた。
「イパネマの娘」はスタンダードなのでよくラジオでもかかっていたけれど、それと「いそしぎ」の彼女とが同じ人とは知らなかったのではないか。覚えていないけれど。
ボサノバを聴くようになったのは、ずっと後に、まずアルゼンチンフォルクローレやタンゴが好きになって、そういう系統のディスクを探していると自然と南米音楽全般の音楽にも出会うようになり、そちらの方向からだった。
一年前から介護通い中の実家に先日やっとWifi入れて、FMV持ってきたので、これからはブログ更新できるのじゃないかと思っている。やっぱり、タブレットやスマホでは書くのしんどい。小さいし。
ツイッター依存はやめてブログに帰ろう!と決めながら、えらく月日が経っており、その間に書いたことの中でいつばんうけていたのは、髪を切らない話。美容院に行かないでいると、切らないのか切らないのかと世間がうるさいという話。
あれ、いつ書いたっけ?半年以上は前だろう。で、その後、いまだに髪延ばしっぱなしで、かなりすごくなってきている。腰より下に向かいつつある。と、ここまできてわかったのは、ここまでくると、もうだれもなにも言わないということ。「さわらぬかみにたたりなし」っていう感じなのか。超ロング白髪三つ編みの婆さんやろうかなあと思ってるところ。